関西電鉄ショートストーリー:その1
流れゆく時の中で
関西電鉄河内線、新日鐵前駅──────。
大阪府内を縦横に駆けめぐる関西電鉄の中で、そんな流れから取り残されたかのように、路線網の隅っこにひっそりとたたずんでいる。
ただ通勤客の輸送という機能のみを持った、さしたる特徴もない、古ぼけた駅舎。
数年前、スルッとKANSAIに対応するために自動改札機が置かれ、3台の自動券売機のうちの1台が、高額紙幣やスルッとKANSAIカードに対応した新型に置き換わった。それらが、妙に浮いている。
客のほとんどいない昼下がり、蔀屋(しとみや)に向けて4両編成の旧型車が発車していった。

次に電車がやってくるのは22分後。それが折り返して蔀屋に向かうのは30分後。
この新日鐵前駅と、次の堺駅の間だけは、昼間は30分に1本しか電車が走らない。
他の電車は、南海本線と接続する堺駅で折り返してしまう。

日本の高度成長を支えた重工業、その象徴とも言える製鉄業。
この駅は、そんな臨海工業地帯のど真ん中にある。

俺が住む高層マンションからは、湾岸の方までよく見えるし、眼下には、関電本線と河内線の交わる金岡公園駅を見下ろすことができる。
そういえば小さい頃、赤と白の縞模様の煙突から、青空に向かって勢いよく立ち上る、幾筋もの真っ白な煙がまぶしかったっけ。
「雄太も、気を付けて学校にいくんだぞ」
そういって、少し荒々しく頭をなでてくれた父の手は、とても大きくて、力強かった。

あれから月日は流れた。
俺はその分だけ成長して大阪市内の企業に就職し、金岡公園駅の高架ホームから、本線の急行電車に乗って北へ向かうようになった。
父はその分だけ老いたけれど、それでも製鉄業の一員としての矜持を胸に、地平ホームから河内線で西に向かい続けた。

ついに、父の退職が決まった。
父から見せられた1枚の紙には、これまでの勤続年数と、残余年数から割り出した退職手当の額が、機械的にはじき出されていた。
希望退職という名のリストラ。
来るべきものが来てしまったのかも知れない。
産業構造の変化、工場機能の海外移転による空洞化現象。そして、長期不況が追い打ちをかけた。

本当に、お疲れさま─────。
父と子の関係ではなく、一人の人間として、あなたに敬意を表したいと思います。
どうか、今後の人生に幸多からんことを……。

煙草を吸うために、ベランダに出る。
軽い警笛が聞こえてきて、駅の方を見ると、あの頃と同じ型の車両が、本線からの乗り換え客を乗せて新日鐵前に向かって発車するところだった。
そしてその上を、関西空港行きの特急電車が軽快に走り抜けていった。

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